ウイルス感染症の世界的なパンデミックが発生した場合、利用可能で効果的なワクチンの集団接種は、ウイルスの伝播を抑止する手段として有用です。しかし、感染予防効果が高く安全なワクチンが開発されたとしても、感染症の脅威に曝されている人の全てが、ワクチン接種を受け入れるとは限りません。
その理由は大きく、物流的な課題と心理的な課題の2つに分類できます。物流的な課題は、ワクチンの生産能力、保管・輸送のインフラ、医療従事者の不足などによって生じます。 特に、開発途上国や僻地では、これらの課題が深刻化することもあるでしょう。
一方、心理的な課題は、ワクチン接種に対する躊躇や忌避の感情に起因します。ワクチンが利用できるにもかかわらず、その接種を拒否する人の心理傾向は古くから知られており、実に1700年代にまで遡ることができます(Fassina A, 2021;PMID: 33432481)。
このようなワクチンに対する否定的な感情は、確証バイアスと呼ばれる現象と関連しています。人は、自分の既存の信念体系と一致する情報を選択的に求め、その情報を支持する傾向にあることが知られており、このようなバイアスを確証バイアスと呼びます。端的には、自分の信念に反する情報は無視したり、軽視したりする傾向があるということです。
確証バイアスはまた、ワクチンに対して否定的な感情を有する人のみならず、肯定的な感情を有する人にも生じ得ます。これまで、確証バイアスの影響は、気候変動、ビデオゲームの影響、政治など、多くの分野で確認されてきました(Greitemeyer.2014;PMID: 24722467/Westen, et al.2006;PMID: 17069484/Corner A, et al.2012; doi: 10.1002/wcc.350)。
しかしながら、ワクチンの有効性や安全性に関する確証バイアスについて、質の高い研究データは限られていました。そのような中、ワクチン接種の文脈における確証バイアスの影響を検討した研究結果が、Malthouseによって2023年に報告されました(Malthouse E.2023;PMID: 36403117)。
今回の記事では、Malthouseの論文を足掛かりに、ワクチンの有効性に対する確証バイアスの影響を整理したうえで、ワクチンの有効性に対する医療者の評価に、一定のバイアスが生じた可能性を考察します。