薬剤効果を表現する統計指標の一つに、治療必要数(Number needed to treat;以下NNT)があります。NNTは薬剤効果の絶対的な尺度(つまり差の指標)であり、任意の追跡期間内において、追加のアウトカムを得るために必要な介入人数を表しています(Cook RJ, Sackett DL.1995;PMID: 7873954)。
端的には、ある介入を集団に対して実施した場合に、1人に効果が現れるまでに何人に介入する必要があるのかを意味する数値であり、NNTが100人であれば、1人に効果が表れるまでに100人に対して治療を行う必要があります。
この場合、99人については、追跡期間内における薬剤効果が期待できないことを意味しており、ここに薬剤効果の不平等性(Inequality of Pharmacological Effects)が浮き彫りとなります(青島.2018)。
スタチン系薬剤のような、心血管疾患に対するリスク管理治療のNNTは2〜3桁になることが一般的であり、薬剤の予防的な効果には不平等というよりはむしろ、極端な偏りが示唆されます(NICE guideline CG181/U.S. Preventive Services Task Force. Evidence Synthesis, No. 219)。
むろん、薬剤効果の不平等性は、薬を投与される人が保有している健康リスクに起因しているものと考えられ、薬の真の効果(つまり物性としての薬理作用)に偏りが生じているわけではないのかもしれません。理想状態において、純粋物質は物理学的な自然法則に従う一方、生命現象は自然法則が成立しがたい多様な「余剰」を含んでいるからです。
一方、公衆衛生の立場からすれば、集団における統計学的な薬剤効果は、個々の健康リスクを無視した「顔の無い平均」を対象としたものです。そして、多くの薬物治療において、期待されるNNTが1とならない事実は、「顔の無い平均」に対する薬剤効果が正規分布していないことを示唆します。
今回の記事では、薬剤効果のベキ分布仮説について論じてみたいと思います。薬剤効果のベキ分布仮説は、ベキ分布という数学的言語を用いることで、薬剤効果の生物学的実在をどこまで正確に表現できるのかという試みです。